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ストレスチェック制度と集団分析・職場改善のフロー-集団実践法

数値ではなく「声」を見る制度へ

2015年に義務化されたストレスチェック制度は、今では多くの企業で年1回実施される仕組みとして定着しています。
しかし、現場からは「形だけの実施になっている」「結果を活かせていない」という声も少なくありません。

厚生労働省によると、2023年時点でストレスチェックの実施率は約94%に達する一方、集団分析を活用して職場改善まで進めている企業は約4割にとどまります(出典:厚労省「職場におけるメンタルヘルス対策状況」)。
つまり、制度の目的である“職場環境の改善”が十分に実現されていないのが現状です。

本記事では、産業医や人事労務担当者が中心となって、「ストレスチェック制度を実効性ある取り組みへと発展させるためのフロー」を整理します。


産業衛生の観点から見た現状と制度の要点

ストレスチェック制度の目的

厚生労働省「労働安全衛生法」第66条10項に基づき、ストレスチェック制度は次の2つの目的を掲げています。

  1. 労働者本人が自分のストレス状態を把握し、セルフケアにつなげること

  2. 集団分析を通じて職場環境改善の材料とすること

このうち、後者が「職場全体の健康づくり」という産業衛生的観点で特に重要です。

制度の流れ

  1. 質問票の実施(57項目:職業性ストレス簡易調査票など)

  2. 本人への結果通知

  3. 高ストレス者の面接指導勧奨(希望者へ産業医面談)

  4. 集団分析と職場改善への反映

この4ステップのうち、最も活用の差が出るのが第4ステップです。単に点数を集計するのではなく、組織の“声”をデータ化して職場改善に生かすことが求められています。


実務への応用 ― 職場改善までの実践ステップ

① 結果の集団分析をチームで実施する

集団分析は、一定人数(概ね10人以上)を単位に平均値・偏差値を算出し、職場ごとの傾向を可視化します。
産業医・人事・管理職が共同で分析会議を行い、以下の観点から職場の特徴を把握します。

  • 仕事の量的負担が高い部署

  • 上司の支援不足が目立つ部署

  • 職場の一体感が低下している部署

数値の「上下」だけで判断せず、部署の業務特性や時期的背景(繁忙期・人事異動など)を踏まえて解釈することが重要です。

② 改善課題を“現場の言葉”に落とし込む

分析結果をもとに、職場ごとに小規模なミーティングを開催します。
産業医や衛生管理者がファシリテーターとして入り、職場の声を拾い上げながら「改善できそうな行動」を具体化します。

たとえば、

  • 「月に1度の1on1ミーティングを設定する」

  • 「業務報告ではなく雑談を含む時間を作る」

  • 「繁忙部署へ一時的に応援を回す」

こうした**“小さな改善”の積み重ねが心理的安全性を高める第一歩**になります。

③ 改善計画の策定と衛生委員会での共有

厚労省「職場におけるメンタルヘルス対策指針」では、改善策を衛生委員会で審議・承認することを推奨しています。
計画には以下を含めると効果的です。

  • 目的(例:上司支援の強化)

  • 具体的対策(例:管理職研修・面談制度導入)

  • 実施時期と担当部署

  • 効果検証の方法(例:次年度ストレスチェック結果で比較)

④ PDCAサイクルで継続的に改善

ストレスチェックは年1回の“検診”のようなものです。
改善の効果を検証し、翌年度の対策に反映するPDCAサイクルを回すことで、ようやく制度が「生きた仕組み」になります。
実施後には「何が変わったのか」を社員へフィードバックし、組織全体の納得感を醸成することも重要です。


産業医の立場から見た実践ポイント

① データの“読み解き役”としての産業医

産業医は、集団分析結果を医学的視点で読み解く翻訳者です。
単なる数値比較ではなく、「この部署では慢性的な疲労や睡眠不足が想定される」「上司の支援不足が離職リスクを高めている」など、健康リスクとしての意味づけを加えることで、経営層の理解が進みます。

② 管理職・人事との協働体制をつくる

制度運用は人事部門だけで完結しません。
産業医は、管理職教育や衛生委員会を通じて「職場の声を聴く力」を育てる支援を行います。
また、分析結果を共有する際には個人情報に十分配慮しつつ、「組織単位での改善提案」として提示することが重要です。

③ 形式から文化へ ― ストレスチェックを“対話のきっかけ”に

ストレスチェックは「職場の会話を再開する装置」です。
産業医が中心となり、数値を議論の“起点”に変えることで、
「職場で何がうまくいっていないのか」「どうすればお互いに助け合えるのか」といった建設的な対話文化を根づかせることができます。
結果をもとにした“改善の場”が、最も効果的なメンタルヘルス対策です。


まとめ:ストレスチェックを「職場の健康経営ツール」に変える

ストレスチェック制度は、単なる年1回の調査ではなく、組織の健康を測るセンサーです。
集団分析を行い、産業医・人事・現場が連携して課題を共有し、改善を積み重ねることで、
「人が定着し、活気のある職場」へと進化させることができます。

大切なのは、数値を“報告”で終わらせないこと。
職場の声に耳を傾け、次の一歩へつなげる。その地道な循環こそが、真に価値あるストレスチェック制度の姿です。


参考文献

  • 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」

  • 厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策」

  • 厚生労働省「ストレスチェック制度実施マニュアル(改訂版)」

  • 厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」

  • WHO「Guidelines on Mental Health at Work」

  • 厚生労働省ポータルサイト「こころの耳」 (https://kokoro.mhlw.go.jp)


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東京Engageコンサルティング

皆さん自身がEngageできる手助けをしたい。 心療内科医と労働衛生コンサルタントの資格を持ち産業医活動をしています。
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