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職場のメンタルヘルス対策-全体MAP

働く人の「こころ」を守ることが、企業の力を守ること

現代の職場では、心の不調を抱える労働者が年々増加しています。厚生労働省の「労働安全衛生調査(2023年)」によると、仕事や職業生活に強いストレスを感じている労働者は約54%に上ります。業務の複雑化や人間関係の変化、テレワークによる孤立感など、ストレス要因は多様化しています。
こうした状況の中で、メンタルヘルス対策は「福利厚生」ではなく「経営課題」として位置づけられつつあります。職場での不調を早期に発見し、回復や再発防止を支援することは、組織全体の生産性を高め、離職防止にもつながる重要な取り組みです。
その実践の基礎となるのが、厚生労働省が公表している「労働者の心の健康保持増進のための指針」です。本稿ではその要点と実践の方向性をわかりやすく整理します。


産業衛生の観点から見た現状と法的枠組み

厚生労働省は2006年、「労働者の心の健康保持増進のための指針」を策定しました。目的は、事業者が体系的かつ計画的にメンタルヘルス対策を推進することにあります。この指針は労働安全衛生法第69条および関連通達に基づき、すべての事業者に努力義務として求められています。
指針では、メンタルヘルス対策を「4つのケア」で整理しています。

  1. セルフケア:労働者自身がストレスや健康状態を把握・対処する。
  2. ラインによるケア:管理職が部下の変化に気づき、相談や職場環境の改善を行う。
  3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア:産業医・保健師・衛生管理者が中心となり、職場環境改善や個別支援を行う。
  4. 事業場外資源によるケア:外部の専門機関(EAP、医療機関など)と連携して支援体制を補完する。

また、2015年のストレスチェック制度の義務化により、従業員50人以上の事業場では年1回の実施が定着しました。これにより、個人のストレス状態を早期に把握し、組織全体のリスク分析や職場改善につなげる体制が整いつつあります。


実務への応用と企業での実践ステップ

メンタルヘルス対策を形骸化させないためには、「制度」よりも「現場での運用力」が重要です。厚労省のガイドラインやポータルサイト「こころの耳」では、以下のような実践ステップが推奨されています。

① 経営層の理解と方針の明確化

経営トップがメンタルヘルスを経営課題として捉え、企業理念や方針に組み込むことが出発点です。トップメッセージの発信は、職場の心理的安全性を高める第一歩になります。

② 管理職研修の実施

ラインケアは実務上の中核を担います。研修では、「変化に気づく」「声をかける」「医療・産業医につなぐ」3ステップを中心に、具体的な対応スキルを学ぶことが推奨されています。

③ ストレスチェック結果の集団分析と職場改善

個人のスコアだけでなく、部署単位での結果分析を行うことで、組織的課題(コミュニケーション不足・長時間労働・役割不明確など)を抽出できます。改善策として、業務分担の見直しやチームミーティングの定期化など、小さな職場改善を積み重ねることが大切です。

④ 復職支援と再発予防体制

メンタル不調からの復職では、「段階的復職(リワーク)」と「職場でのフォローアップ」が欠かせません。厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」では、①主治医の意見聴取、②産業医面談、③職場復帰計画の策定、④試し出勤・負荷調整、⑤定着支援、という5段階の流れが推奨されています。


産業医の立場から見た実践ポイント

産業医の役割は、単に健康診断や面談を行うだけでなく、組織の健康文化をつくる」ことをつくる」ことにあります。具体的には次の3点が重要です。

① 心理的安全性を担保する仕組みづくり

産業医は、社員が安心して相談できる窓口として信頼を得ることが求められます。そのためには、「面談の守秘義務を明示する」「人事評価とは切り離す」など、信頼関係の基盤を整えることが欠かせません。

② 早期介入と組織的連携

不調の兆しを早期に捉えるには、産業医・管理職・人事労務の三位一体の連携が不可欠です。月次ミーティングやケース会議を設け、情報共有と対応方針の統一を図ることで、休職や離職を未然に防ぐことが可能になります。

③ 復職後のフォローアップ

復職後も再発リスクが高いため、産業医が定期的に面談を行い、業務負荷や睡眠・生活リズムを確認します。必要に応じて、外部EAPや主治医と連携しながら長期的な安定支援を行うことが理想です。


まとめ:メンタルヘルスは「企業文化」として根づかせる

メンタルヘルス対策は、特定部署の仕事ではなく、企業全体の文化づくりです。
厚労省やWHOのガイドラインが示すように、「健康で働きやすい職場」は生産性や創造性を高める最大の資産になります。

産業医として大切なのは、「特別なことをする」ことではなく、「誰もが気軽に話せる職場環境を整える」ことです。
小さな改善の積み重ねが、従業員の安心感を生み、結果として企業の持続的な成長を支えます。
今日からできる一歩として、まずは職場の「こころの声」に耳を傾けてみましょう。


参考文献

  • 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(2006年改訂)

  • 厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策」

  • 厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」

  • WHO「Guidelines on Mental Health at Work」(2022)

  • 厚生労働省ポータルサイト「こころの耳」 (https://kokoro.mhlw.go.jp)

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東京Engageコンサルティング

皆さん自身がEngageできる手助けをしたい。 心療内科医と労働衛生コンサルタントの資格を持ち産業医活動をしています。
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