内科*メンタル/労働衛生コンサルタント/心療内科医が提供する産業医役に立つ情報を提供する

セロトニンと栄養学

「ストレスが強いときほど、食事は適当になりがち」
多くの人が心当たりのある感覚ではないでしょうか。しかし近年の研究では、ストレスを感じている状態だからこそ、食事がメンタルに与える影響は大きくなることが分かってきています。その鍵となるのが、脳内で気分の安定を担う神経伝達物質――セロトニンです。

セロトニンは、気分の安定、ストレス耐性、睡眠、衝動性の制御などに関与し、「心の土台」を支える存在です。うつ病や不安障害の治療でセロトニン系が重要視されることからも、その役割の大きさが分かります。しかし、ここでよく誤解される点があります。それは、セロトニンは食事から直接補給できるものではないという事実です。


セロトニンは「食べても脳に届かない」

セロトニンは体内で作られる物質ですが、食事から摂取したセロトニンがそのまま脳に届くことはありません。なぜなら、脳には「血液脳関門」と呼ばれる厳重なバリアがあり、セロトニンそのものは通過できないからです。

一方で、セロトニンの材料であるアミノ酸「トリプトファン」は、この血液脳関門を通過できます。つまり、私たちが食事で意識すべきなのは「セロトニンを含む食品」ではなく、セロトニンを作るための材料を、適切な形で体内に届けることなのです。


なぜ材料が必要なのか

― トリプトファンから脳内セロトニン合成まで

セロトニンは、以下の流れで脳内合成されます。

トリプトファン → 5-ヒドロキシトリプトファン → セロトニン →(夜間)メラトニン

この過程には、ビタミンB6、鉄、マグネシウムなどの補助因子も関与します。また、トリプトファンが脳内へ運ばれる際には、炭水化物の摂取が重要な役割を果たします。炭水化物によりインスリンが分泌されることで、競合する他のアミノ酸が筋肉へ取り込まれ、相対的にトリプトファンが脳に入りやすくなるためです。

このため、「タンパク質だけ摂ればいい」「糖質は控えた方がいい」という極端な食事は、セロトニン合成の観点からは必ずしも合理的ではありません


ストレスが強いと食事の影響が大きくなる理由

慢性的なストレス状態では、セロトニン系は大きな影響を受けます。動物実験・ヒト研究の両方で、心理的ストレスがトリプトファン代謝を変化させ、セロトニン合成を低下させることが報告されています。

また、ストレスによって分泌されるコルチゾールは、セロトニン神経の働きを抑制しやすく、

「ストレス → セロトニン低下 → 気分不安定 → さらにストレス」

という悪循環を形成します。ここに、栄養不足や偏った食事が重なると、この悪循環はさらに強化されます。

つまり、ストレスが強いときほど、食事の質がメンタルに与える影響は大きくなるのです。


日本人(Sアレルが多い)との関連

― なぜ日本人では食事の影響が出やすいのか

ここで重要になるのが、セロトニン輸送体遺伝子(5-HTTLPR)の多型です。この遺伝子には「Lアレル」と「Sアレル」があり、Sアレルを持つ人はストレス刺激に対して扁桃体が強く反応しやすく、心理的ストレスの影響を受けやすいことが知られています。

複数の疫学研究により、日本人を含む東アジア人では、このSアレルの保有率が非常に高いことが示されています。日本人では、S/S型が約60%、S/L型が約30%、L/L型はごく少数という報告もあります。

詳しくは別の記事で解説していますのでぜひ読んでみてください。

だからこそ、食事によってセロトニン合成の土台を安定させることは、日本人にとって特に重要なセルフケア戦略だと考えられます。


食事は「贅沢」ではなく「メンタルの基盤」

ここまで見てきたように、食事は単なる栄養補給ではなく、脳内神経伝達物質の材料供給という、極めて重要な役割を果たしています。特に、ストレスを受けやすい環境にあり、かつSアレル保有率の高い日本人にとって、食事は「後回しにしていいもの」ではありません。

メンタルを安定させるために、特別なことをする必要はありません。
まずは、「食事が心に影響する理由を知ること」から始めるだけでも、日々の選択は変わっていきます。

次回の記事では、セロトニンはどのように作られるのかを、より具体的に解説していきます。


引用文献

・Fernstrom JD. Large neutral amino acids: dietary effects on brain neurochemistry and function. Amino Acids. 2013.

・Young SN. How to increase serotonin in the human brain without drugs. J Psychiatry Neurosci. 2007.

・Hariri AR et al. Serotonin transporter genetic variation and the response of the human amygdala. Science. 2002.

・Haroon E et al. Inflammation, tryptophan metabolism, and mood disorders. Brain Behav Immun. 2012.

・Katsuyama H et al. Association between serotonin transporter gene polymorphisms and depressed mood caused by job stress in Japanese workers. Int J Mol Med. 2008.

最新情報をチェックしよう!